2015年9月シェリー酒の生産者アルグエソへ訪問!

                       2016.3.1更新

 

   エレデロス・デ・アルグエソは、スコルニと10年以上付き合いのあるボデガで、スペイン南部の都市サン・ルーカルの歴史あるシェリー醸造所です。そんなアルグエソへの訪問記を今回お送り致します

 

  スペインに着いて6日目。最初の数日間で大量の訪問を行なったので少々疲れ気味一行でしたが、この日は日曜日だったので、お昼頃に出る新幹線でヘレスに向かうのが唯一のミッションです。マドリッドのホテルに宿泊していた私たちは、アトチャ駅で新幹線に乗る前に、どこか食事が出来る場所がないかホテルの従業員の方に訪ねました。教えてもらったEl Brillante(エル・ブリジャンテ)は、アトチャ駅のすぐ近くにあって、一通りのボカディージョとタパスが食べられるお店です。観光客が多いエリアなので、定員さんも親切だし、対応も慣れています。ただ、観光客を狙ったスリが居たりするので、荷物には十分お気を付け下さい。

 

  大通りに面した席についた私たちは、トルティージャ・デ・パタタス、プルポ・ア・ラ・ガジェーガ(ガリシア風茹でタコ)、ピスト・デ・ベルドゥラス(ラタトゥーユ的なもの)など典型的なスペインのタパスに加え、「日曜日だし…」、「滅多にスペインに来れないし…」などと言いながらちゃっかりビールもオーダー。お昼のビールは美味しい。

 

  レストランの反対側に出ると比較的大きな広場があり、若者がスケボーやサッカーなどをして遊んでいたりします。広場には、レイナ・ソフィア(Reina Sofia)という大きな現代美術館があるので、時間がある方は是非。スペインのアーティストは勿論、海外の作品も展示する有名な美術館です。

 

  食事の後、すぐ隣のアトチャ駅へ移動。ヘレス行きの新幹線に乗る途中で食堂車を発見し、テンションが上がります。食堂車には酒類、スナック、コーヒー、サンドウィッチなど色々売っています。外の景色を見ながらビールやワインを飲んでいれば、目的地への到着までもあっという間です。ちなみに食堂車のワインはCuneのものでした。

 

 スペインの新幹線は快適です。あっという間にヘレス・デ・ラ・フロンテラ駅に着き、外に出てみると気持ちのいい天気。季節は9月中旬。暑くもなく、寒くもなく…。

 

 駅からホテルまでタクシーで行ったものの、フロントで予約が入ってないよと言われてしまい、予約を担当した自分は顔が真っ青に。近隣のホテル端から電話を掛けまくって、自分たちの名前で予約が入っているか確認しましたが、それでも見つからない。幸い空室があったので、最終的にそのホテルに泊まることになりました。清潔で居心地の良い素晴らしいホテルだったけれど、予約が出来ていなかった理由が分からずモヤモヤ。

 

 シャワーを浴びて着替えを済ませた後、気を取り直してホテルを散策。大きなプール、ゆったりとした椅子でくつろぐ観光客たち。のんびりとした午後が流れています。

 

 ホテルのフロントの横に、氷入りボールに挿し込まれた何本かのシェリーボトルを発見。ご自由にどうぞとのことなのでカップにマンサニージャを注いで、味見。ラウンジにはバーもあって、よく磨かれていてピカピカ。シックで落ち着いた棚に色々なお酒が並んでいます。冷えたカクテルでも飲みたいなと、ついリゾート気分になってしまいます。

 

 ボデガへの訪問は明日なので、今日はヘレスを散歩します。夕方になり、ホテルの人にお勧めして貰ったラ・クルス・ブランカ(La Cruz Blanca)というレストランに夕飯を食べに行きました。魚介類が特にお勧めとのこと。このレストランはとても美味しかった!海の近くにあるヘレスでは新鮮な魚介料理がGood◎です。ベジョータ豚の生ハム、イカリング、カリっとした海老のかき揚げ(Tortillitas de Camarones)、クリームコロッケ、イカとじゃがいものイカスミ絡めなど、随分と頼んでしまいましたが、どれも素材のクオリティーが高い!ワインメニューの中で一番手頃な価格だったコルティージョ・デ・ハラ(Cortillo de Jara)というD.O.ヘレスの赤ワインを試してみることに。すると、しっかりとした味わいで、果実味もあり、かなりイケます。それに加えシェリー酒もオーダー。明日訪問するアルグエソのシェリーがメニューに載っているのを発見し、誇らしげな気持ちになります。ウェイターさんに聞くと、アルグエソは現地でも有名なシェリーのブランドなんだそうです。スコルニのシェリー酒は、ヘレスの美味しいレストランでも飲めるシェリー酒なんです。手前味噌失礼致します。でも本当に美味しいですよ。

 

 夕食が終わった後はヘレスのバー巡り。日曜日の9時過ぎだし、閑散としているかと思いきや、割とお店は開いている様子。観光地ですしね。とりあえずヘレスに来たからにはシェリーを出すお店に行きたい。でもどこでもシェリーが飲める訳ではない。いいバルは無いかと道端の人に尋ねたら、エル・アルマセン・ビノス・イ・タパス(El Almacén, Vinos y Tapas)というお店を紹介されました。

 

 

  このお店も凄く良かった!まず内装がお洒落で、雰囲気も落ち着いていて良い(デートによさそうです)。グラスも沢山の種類が揃っているし、シェリーは勿論、色々と面白いワインも試せそう。早速アモンティジャード、マンサニージャ、パロ・コルタドなどをオーダーして、味比べをしていると、ヘレスに来た甲斐があったなという感じがします。このお店は本当にお勧めなので是非ヘレスへ行く時は寄ってみて下さい!

 

 

  閉店の時間になったので、遅くまで開いているバルの場所を教えて貰いました。中に入ったはいいけれど、思った雰囲気と少し違う…けだるそうにダーツをする若者とバックに流れるアメリカンヒットチューン。シェリー酒は売ってないとのことで、カウンターから見えたワインとモヒートを注文。ワインは、昼に新幹線の中で飲んだCuneのものと一緒。よく売れてるのだろうか。モヒートは、モヒートリキュールをソーダで割っただけのもので、少しがっかり。本物のミントが入ったモヒートが飲みたかった…。

 

 

  それでもヘレスの夜は素晴らしい。インスタントモヒートでヘレスの夜に乾杯をした私たちでした。

 

 次の日、若干寝不足を感じながらも準備を済ませてボデガに向かいます。カジェ・デ・マル(Calle de Mar)という通りにあるらしいアルグエソ社のボデガ。サンルーカルにあるので、ヘレスからはタクシーで30分程度で到着するとのこと。タクシーの車内に入ると、汚い…。助手席前にある収納スペースの中には得体の知れないゴミと大量のティッシュが散乱し、そのゴミ屋敷化した収納スペースの中からGPSを取り出したはいいが、使い方が良く分からないらしく、いつまでたっても目的地が分からない。途中でガソリンスタンドの人に通りの場所を聞くも、知らない。そんな風に彷徨っている内に、遅刻確実の時間に…。ようやくグーグルマップが反応し、サンルーカルの市街に車が入っていきました。細くて混んだ市街の道をタクシーでくねくね曲がりながら進んでいくと、建物と建物の隙間から覗く海の青色が見えました、が、すぐに右折したのでまた見えなくなりました。車窓から見ただけですが、サンルーカルは思った以上に煤けた印象の街でした。そうこうしている内に、約束の時間に20分遅れて、ようやくボデガの前にタクシーが到着。街のありふれた道路のど真ん中に突然ボデガが現われたので、びっくりです。ボデガの前では、醸造家のホセさんが忙しそうに電話で話をしています。

 

 挨拶を済ませ、早速ボデガの中に通されました。この数日間で訪問した、著名ワイナリー(カラオベハスやビニャ・ペドロサなど)と比べると、雰囲気はかなり違う。ボデガの中は薄暗くて古めかしい…でも、味があって僕は大好きです。

 

  ところで醸造家のホセさんですが、大事な会議があるとのことで、この日は一時間しか空いていないとのこと。急いでボデガの中を廻らなければなりません。そんな余裕のない状況にも関わらず、ホセさんの携帯電話が鳴り止みません。次から次へと電話がかかってきては、話が遮られます。100回くらい話が遮られた後、あまりにも携帯が鳴り続けるので、最終的に電源を切ってしまうホセさん。なるほど。日本から電話しても通じないのはこういう訳か。

 

 アンダルシア人は、よくマイペースだと言われます。怠け者で、スペイン経済の足を引っ張っていると、冗談交じりで揶揄されます。だけど、少なくともホセさんは超忙しそうです。そして、アルグエソの美味しいシェリーを造っているのが、この忙しそうなホセさんなのです。

 

 皆様はシェリー酒を嗜まれますか?ご存知の方も多いと思いますが、シェリー酒は、葡萄を原料とした完全なる葡萄酒です。ただ、その製造方法の特殊さから、普段親しまれている普通のワインとはかなり異なった味わいを有します。色合いでいいますと、透き通った麦わら色から、かなり濃い茶色までありますし、味わいに関して言えば辛口のものから、極甘口のシェリーまであります。作り方もそれぞれ違います。

 

 色合いの違いは、酸化の度合いと考えれば分かりやすいかもしれません。シェリー樽の中には、上部分に必ず一定の隙間が設けられており、その空間に充満した酸素によって液体が少しずつ酸化していき、色が茶色く変化していきます。これは酸化熟成型のシェリーでオロロソ(甘口では、モスカテルペドロ・ヒメネスなどがこのタイプに当てはまります

 

 逆に、透き通った麦わら色のシェリーに限っては、「フロール」とよばれる白い産膜酵母の膜が樽の中で液体の表面を覆っているため、ワインが酸化せずに色も透き通ったまま熟成されていきます。この「フロール」は、ワインを構成している栄養のバランスであったり、酸素の量、アルコール度数の度合いなど微妙な条件下で出現するのですが、簡単に言えばフィノ(D.O.ヘレス)であったりマンサニージャ(D.O.サンルーカル)などと呼ばれる薄い麦わら色タイプのシェリーはこのフロールと共に長年熟成させることで、その独特な味わいを獲得していくのです。またアモンティジャードと呼ばれるタイプの様に、フロールでの熟成を経験した後に、酸化熟成を経験するタイプのものもあります(この場合、色は茶色じみています)。その他にもクリームだったり、パロ・コルタドだったりと、多くの種類がありそれらを人括りにしてシェリー酒Vino de Jerez)と呼んでいます

 

  シェリー酒は、基本的にはパロミノ種の葡萄から作った白ワインを原材料としています。パロミノ種以外にも、少量ですがモスカテル種、ペドロ・ヒメネス種も栽培され、それらの葡萄からは、その名の通り「ペドロ・ヒメネス」、「モスカテル」という名の甘いシェリー酒が造られます(収穫後に天下干ししてから醸造に使われます)ちなみにアルグエソ社は、自社畑を所有していません。そのため、シェリー酒の原材料となるモスト(この場合は、第一次アルコール発酵を終えた白ワイン)を毎年サンルーカル内の協同組合から購入しています。D.O.サンルーカルでは無く、D.O.ヘレス内でもモストを購入出来るらしいのですが、必ずサンルーカル内で収穫された葡萄から出来たモストを使用するのだそうです。ホセさんの仕事は、購入した白ワインがその後どのタイプのシェリー酒になるか見極め、タイプに従ってそれぞれの道へと誘っていくことです。ザ・職人技です。

 

  ェリー酒の熟成には、基本的に3種類の樽が使われます。「ソレラ」と呼ばれる出荷用の樽から一定のシェリー酒が瓶詰される毎に、ソレラ樽よりも熟成年数が低い「第1クリアデラ」と呼ばれる樽から、同じ量のシェリーを抜き取ってソレラ樽を補充します。同様に、第一クリアデラから抜き取った分を補充するためには、更に熟成年数が低い「第2クリアデラ」と呼ばれる樽が使用されます(第2クリアデラ樽の補充にはモストが使われます)。この熟成方法は「ソレラシステム」と呼ばれています。

 

 減ってはつけ足すという方法ですので、例えば焼き鳥屋で長年付け足して使っている秘伝のタレ的なシステムとでも言えるでしょうか。基本的にシェリー酒にビンテージ(収穫年)が無い理由は、何年にも渡り収穫年の違う白ワインを補充して熟成をさせていくためなのです。 

 

  アルグエソ社で使っている樽はだいたい100年から120年くらいのもので、とても古い。ホセさんによると、シェリーの醸造において、樽の風味はそこまで重要ではなく、樽はむしろその多孔質性であったり、サイズ感が醸造に適しているので使っているそうです(それでも樽の風味はほんのりとある)。以前からシェリーの樽が何故黒いのか気になっていたのですが、聞いてみると、それは単純に、年月を経ているから煤けているのだと教えてくれました(よくオブジェとして飾られているシェリー樽も黒く塗られていますよね)。ちなみに100年樽を使っているからと言って、その中身のシェリーが100年間熟成されている訳ではありません。よく「このシェリーは何年熟成ものだ」という言い方をしますが、それはソレラシステムを開始した年ではなく、樽の中身が増減した分を考慮して平均したものをだいたい「何年熟成だ」という風に言い表しているそうです。

 

 

  樽を保管しているボデガにも特徴があります。アルグエソ社の建物は、もともと16世紀に建てられたもので、昔はコンベント(修道院)が使う聖具の収納庫(サクリスティア)を増築したものです。18世紀より前までは、スペイン内の多くの土地(約65%)は教会が所有していました。お金持ちが自分の娘を修道院に預ける際に、持参金として土地を寄付する習慣があったそうです。その後外国人により土地が少しずつ開放されていく中で、現在使っているアルグエソのボデガも、初代のレオン・アルグエソ氏の手に渡ったそうです。1800年代初頭のことです。

 

 夏は気温が40度近くまで上がることもあるので、外の熱気をボデガの中に通す訳にはいきません。外の温度が中に伝わらないようにするため、ボデガの壁はかなり厚い造りになっています。また壁は石灰で白く塗られていますが、これはアンダルシア地方にある民家の壁が白いのと同様、光を反射させて、暑さから建物を守っているのです。

 

 床には、闘牛場などに使われるアルベロ(Albero)と呼ばれる砂が敷き詰められています。この砂は保水力があるため、ボデガの湿度を保つために重要な役割を果たします。特に、板で張り合わせているシェリー樽が乾かないようにという意味では、とても重要な要素となります。

 

天井はとても高く、天井と同じくらいの高さに窓が取り付けられています。ボデガは風の吹く方角を考慮して建てられているので、熱しられた空気が天井まで上がったときに、それらの窓から熱しられた空気が外へ出る様に計算されています。天然の空調システムのお陰で、ボデガの室温は年間を通して18度から22度に保たれており、温度変化に敏感なフロールにとって最高の環境となっています。

 

  建築構造について説明をしてもらった後、フロールの様子をガラス越しに観察できるというのでホセさんについて行きます。一面をガラス張りにした特別な樽を見てみると、確かに樽の上部分には隙間があり、ワインの上表層部分には、白い綿のような膜が張っています。ガラスには水滴が付着しており、これはフロールが酸素を吸って出しているものだそうです。「生物学的熟成」と呼ばれるだけあってフロールは生きているのだなぁ、と感心していると、ホセさんは、フロールがワインにどの様な影響を与えるかについて話し始めました。

 

 フロールは完全に自然発生的に現われる産膜酵母の膜で、モスト(白ワインで、度数が11~12度のものアルコールを添加(酒精強化)して、アルコール度が15度まで上がると徐々にその姿を現します(度数が上がりすぎると死滅してしまう)。ポツポツとまばらに出来るので、まるで花が咲いているかの様に見え、そこからフロール(=花)と呼ばれるようになったとか。他にも諸説がありそうですですね。

 

フロールは、自身が接着している面から栄養素を確保するので、樽の下の方にある栄養素は吸収できません。そのため、定期的に中のワインが流動する様に仕向け、循環を促す必要があるそうです。また、私たちと同様に酸素を吸っているので、樽の上部分にある隙間や、ワインに含まれている酸素を吸収します。サンルーカルのマンサニージャやヘレスのフィノが酸化することなく、何年もの間透明な黄金色を保つのは、フロールが酸素や酸化物質を吸収する為なのです。

 

  ホセさんによると、ヘレスのフィノとサンルーカルのマンサニージャはかなり異なるらしく、それはフロールの活動量によるものだと教えてくれました。活動量の違いは、サンルーカルとヘレスの気候の差が関係しているそうです。サンルーカルは海から吹く風の影響で、ヘレスと比べると年間を通して気温の差が少なく、フロールにとっては活動し易い環境が続くため、活動量自体がヘレスのフロールより多くなります。その証拠に、サンルーカルのマンサニージャは膜の幅がヘレスのフィノより厚いそうです。

 

 

活動量の違いが具体的に、味わいにどのような影響を及ぼすかというと、まずフロールの活動サイクルの途中で息絶えたフロールの残骸が多くなります。見た目には埃の様なものですが、シェリー酒独特の苦味を与えているのが、これらフロールの残骸だそうで、その残骸が多い分サンルーカルのマンサニージャはヘレスのフィノと比べると苦味があるそうです。また、活動量の多さにより、シェリーが「磨かれ」、味わい自体がまろやかになるそうです。逆にヘレスのフィノは荒さがあり、シェリー酒のツンっとした特有の感じはフィノの方がより強いそう。その他には、海の風も影響を与えるそうで、サンルーカルで育った葡萄は海風の影響で塩味を持っており、そのためマンサニージャには塩の風味があるそうです。

 

  なるほど、と色々感心して聞いていると、突然リンゴーンと12時の鐘が鳴り響きました。ホセさんが会議に行く時間です。サトウキビで出来た柄杓をプレゼントして貰い、急いで集合写真を撮って、ボデガを後にした一行でした。サンルーカルの街を観光する暇もなく、マドリッドに戻る新幹線に乗るため急いでヘレス・デ・ラ・フロンテラ駅にタクシーで帰っていきました。

 

街の雰囲気も良かったので、もっとヘレスとサンルーカルに滞在したかったなと、少し残念な感じもしますが、今回は仕方ない…。次行く時は、絶対に海に行こう。そしてモヒートを飲もう。モヒートには絶対、本物のミントと黒砂糖を沢山入れて貰おう。勿論シェリー酒もたんまり飲んでやろうと思います!

 

 

 

 

 

 

 

               

         Bodegas Muriel社への訪問

 

 

 

前回のエルマノス・ペレス・パスクワス社への訪問記に続いて、ワインの名産地リオハはエルシエゴ村に所在するワイナリーBodegas Muriel(ボデガス・ムリエル)への訪問レポートを今回はお届け致します。

 

 

 

エルシエゴ(Elciego)の中心地から少し離れたMayor川の近くに,この地域特有のレンガ造りの大きなワイナリーが建っています。約22000平方メートルの面積を持つワイナリーMuriel社は、この地域における葡萄栽培の目印的な存在です。現オーナーの父親であるホセ=ムルア=ビジャベルデ(José Murúa Villaverde)さんは、1926年、リオハの原産地呼称委員会の発足と同年にワイナリーを設立しました。その後1986年、現オーナーであるフリアン=ムルアさんは、この地の名前(Elciego)と、苗字のMuruaの名前が融合した「Muriel」という名で、自身の祖父が始めたワインビジネスを受け継ぎました。

 

 

 

 成田→フランクフルト→バラハス(マドリッド)と飛行機で移動した私たち一向は、夜中の1時過ぎにプラド美術館付近にあるホテルで宿泊の手続きを済ませると、次の朝の6時には起床して、リオハに向かうべくアトチャ駅へと移動しました。アトチャ駅でカフェ・コン・レチェや、パン・コン・トマテ、トルティーヤ・デ・パタタスなどを優雅に食べ…る暇も殆どなく、駅まで迎えにきてくれたムリエル社の輸出マネージャーであるルスさんと一緒に早速新幹線に乗り込みました。

 

 

 

 飛行機での長旅の疲れと、時差ぼけ、更に睡眠不足で頭がふわふわになりながらも、サラゴサ駅を経由して、何とかリオハの町Logroño(ログローニョ)に到着することが出来ました。

 

 

 

 各人スーツケースをごろごろと響かせて、ボデガ側が用意してくれた大きな車に乗り込みます。ログローニョ駅からボデガまで車で40分ほど掛かります。しかも、その日の内にリベラ・デル・ドゥエロにあるホテルでチェック・インしなければならなかった為、リオハの滞在時間はたったの6時間の予定なのです。折角ならばログローニョのバル巡りなどをしたかったのですが、どうしてもスケジュールを変えられぬ訳があり、致し方ありませんでした。次こそは必ず!

 

 

 

 ともかく、今回はボデガに訪問して皆様に挨拶をする事が目的です。道路をぐんぐん進んでいく車の中で、地域の説明をしてくれるルスさん。アーティーチョークやアスパラガスなどを栽培している広大な畑や、リオハの重要な川の1つであるエブロ川などを通り過ぎ、目的地のボデガまで到着しました。

 

 

 

 早速、経営者のフリアンさんと、息子のハビエル(若社長さんです)さんにご挨拶に向かいました。清潔でスタイリッシュなオフィスで、10人くらいの方がパソコンに向かってお仕事をしています。私たちの到着を待っていてくれたハビエルさんにご挨拶をし、その後ハビエルさんの父親フリアンさんも顔を出してくれました。実はその日、急遽葡萄の収穫を次の日に始めることが決定したため、大忙しだったのですが、そんな状況の中でも、紳士的なハビエルさんは私たちとの時間をちゃんと確保してくれたのでした。

 

 

 

 ハビエルさんと、フリアンさんとの挨拶が終わると、ルスさんがボデガの中を案内してくれました。ワインの醸造所や、樽や瓶の貯蔵庫、瓶詰めやラベル貼りなどを行う作業所、葡萄の品質を検査する分析所などを案内してもらったほかには、ムリエル社の行なっている慈善活動に使うワインの説明をしてくれました。ハビエルさんのお母様が残念ながら亡くなってしまった時に、ハビエルさんが設立を決めた慈善団体だそうで、Fundación de Maga(フンダシオン・デ・マガ)という名で活動しています。ワインには、ハビエルさんのお母様をモチーフとした女性がデザインされています。このシリーズのワインの売上げは、対象とされている村のためにすべて寄付されるそうです。ハビエルさんが真剣に取り組んでいる活動です。

 

 

 

ムリエル社はムリエルブランド以外にもボデガをいくつも所有しているのですが、ルスさんに近年購入したリオハで最も古いボデガを見せたいと言われました。コンデ・デ・ロス・アンデス(Conde de Los Andes)というブランド名で、古くからワイン醸造を行なっていた会社から購入した地下ボデガで、16世紀に建設されたと言われています。リオハの中でも最も古い地下トンネルの1つだそうです。そのボデガに向かうべく、急いでリオハ・アルタに所在するオジャウリ村(Ollauri)まで車で移動します。カセレスやリスカルなどの有名なボデガを通り過ぎ、オジャウリ村にあるボデガの前に到着しました。

 

 

 

建物の中は綺麗にリフォームされており、中には洗礼された雰囲気のレストランがあります。ただし、レストランのオープンはまだ先とのこと。ムリエル社がこのボデガの購入を決めてから、何年もかけて少しずつ内装の手直しやコンセプトの磨き上げを行なってきたそうで、歴史的価値のあるボデガを最大限に活用するため、参加者を募ってツアーが出来る様にしたいとのこと。リオハに行かれる機会がある方は是非!

 

 

 

部屋のすみの方に地下のボデガへと続く階段があり、ガイドさんに続いて石畳の階段を下がっていくと、少しずつ薄暗くなってきます。ボデガとして活用される前は、長い間天然の冷蔵庫として使われてきただけあり、かなりひんやりとします。階段を降りきると細長い道が続いており、全長は600メートル程。天井には建物を崩壊させない為に造られたアラビア様式のアーチが作られています。当時の資料は殆ど残っていないものの、天井にあるアーチの美術様式のお陰で16世紀頃に作られたボデガであることが予想できるのだそうです。

 

 

 

残っている資料によると、当時のリオハに住む裕福な家族が、ガリシアで鉱山を掘っていた男衆を雇いこのトンネルを造らせたそうです。水が湧き出る事が無い様に見極めて掘られたトンネルには、当時のガリシア男たちが誇るプロの技が光っています。長く続く細道を進んでいくと埃を被った大量の瓶がずらっと並べられているのが見えます。積み重ねられたワインボトルの中には、瓶詰め後100年以上経っている赤ワインや40年もののビウラ(※リオハのマカベオ)ワインが多数あります。リオハといえばテンプラニージョで作った赤ワインというイメージですが、伝統的にビウラワインを樽で熟成して作る、長期保存用の白ワインも存在していました。ただし、瓶詰め後何十年も経っている白ワインです。気になったので、味は大丈夫なのかとルスさんに聞くと、彼女が以前に50年もののビウラオワインを飲んだ時は、全く問題なく飲めたとのこと。その時彼女は数年熟成しただけのビウラワインと対して変わらないという印象を受けたそうです。ワインが持つ保存飲料としての潜在力は凄い…。

 

 

 

このワイナリーにある熟成何十年もののワインストックは、今後プレミアムワインとして少量ずつ販売していく予定だそうです。スコルニにも、いつか熟成40年のビウラのワインや、一世紀貯蔵されている赤ワインが入ってくるかもしれません。ストックの販売以外にも、ボデガ・オジャウリ(Bodega Ollauri)という名前で新しいワインブランドも作るとのこと。

 

 

 

細道を更に進んでいくと、明かりもほとんどつけていない部屋に通されました。ワインを奉っている祭壇の様なものが設置されており、その中には1890年頃に瓶詰めされたワインが、誰にも触れられないように保管されています。特に古いワインを保管している場所で、375mlのボルドー瓶タイプも多々見られます。この部屋の音響は他の部屋と違うという理由で神聖な場所として扱っているそうです。

 

 

 

 長いトンネルを抜けて、階段を上がり切ると明るい地上に戻ってきました。最初にいたレストランへ戻ると、ワイングラスが用意されており、そこでワインの試飲が始まりました。「Muriel」シリーズと、その上のレンジである「Viña Muriel」シリーズのワインを飲んでいきます。ボデガで飲むワインというものは何かが違う。勿論ワイン自体が美味しいからなのですが、やはりボデガで飲むワインは格別です。一同感動しながら試飲させて頂きました。弊社で取り扱っている商品の情報は、以下のリンクでご確認下さい(試飲ノート等が記載されています)。ここをクリック

 

 

  

 

そうこうしている内に、時刻は午後1時半です。リベラ・デル・ドゥエロのホテルに行くためには午後の5時半にはログローニョ駅に到着していなければなりません。試飲を終えた私達一向は急かされながらハビエルさんがお勧めするレストランへと昼食をしに向かいました。オジャウリ(Ollauri)村から近い、カサラレイナ(Casalarreina)村にあるレストランで、名前はラ・ビエハ・ボデガ(La Vieja Bodega)です。レストランに到着した私達は、早速、席まで案内されました。温かみのある明るい雰囲気のレストランで、ゆったりとしていて気分が良くなってきます。

 

 

  ハビエルさんが適当に料理を頼んでくれます。ムリエル社の白ワイン(ビウラ種)が早速グラスに注がれます。一番初めに運ばれてきたのは、ぶつ切りにされたトマトにオリーブオイルと塩を振っただけのシンプルな一皿です。噛み応えがある果肉は、しっかりとした酸味と存在感のある甘みを持ち、魅了的な程香り高いオリーブオイルがトマトの酸味と、よく効いた塩に融合して、もう最高です。リオハのトマトがこんなにも美味しいとは知りませんでした。素晴らしいトマトを食べ終わると、その次に野菜のポトフが運ばれてきました。とても優しい味で、体に良さそうです。以前にリベラ・デル・ドゥエロに訪問した際は、肉とチーズばかり出てきたので、リオハも同じようなものだろうと思っていたのでこれは意外でした。ルスさんに聞くと、リオハの土地は昔から美味しい野菜ができることで有名なのだそうです。恵まれた土地なのですね。

 

 

 

メインディッシュは牛の尻尾のお肉のキノコソースかけです。牛の尻尾部分は一頭につき少量しか取れないので貴重で高価な部位。柔らかくてジュージーなお肉に、キノコの香りが漂うソースが絡まり濃厚。フルボディワインとの相性が抜群です。メインディッシュも終わったところで、それに続くデザートタイムです。種類が豊富だったので、1人ずつ違うものを頼みました。チーズケーキ、チョコレートケーキ、クレープ、アップルタルトにそれぞれアイスクリームが添えてあります。デザートもかなり洗練されていました。美味しい!

 

 

 

自分が仕事をしに来ていることも忘れ喜悦の渦に飲み込まれる中、残念なことに帰らなければならない時間となってしまいました。コーヒー一杯も飲みきれないまま、レストランの前で待っているタクシーにトランクを詰めに向かいます。私達はルスさんとハビエルさんに感謝の意を伝えて、別れの挨拶を交わし、駅に向けて出発したのでした。ハビエルさんも次の日から始まる収穫に向けて大忙しでオフィスに戻って行ったことでしょう。

 

 

ハビエルさん、ルスさん収穫前の忙しい時期に暖かく歓迎して下さり本当に有難うございました!!!

 

      リベラ・デル・ドゥエロの老舗ワイナリーへ訪問しました!!2015/11/19

   エルマノス・ペレス・パスクアス社設立35周年記念パーティー

 

リベラ・デル・ドゥエロの原産地呼称制度が始まって以来、常に第一線で活躍してきたワイナリー、エルマノス・ペレス・パスクアス社。エルマノス・ペレス・パスクワスというワイナリーの名称は、「ペレス・パスクワス家の兄弟」を意味し、オーナーであるベンジャミンさん、マヌエルさん、アドルフォさんの三人兄弟が共同でワイナリーを設立したことから名付けられました。ワイナリーの設立年は1980年で、リベラの原産地呼称委員会が発足する2年前となります。前ローマ法王であるヨハネ・パウロ二世が、7年間連続でViña Pedrosaシリーズのワインをミサに使うなど、その知名度はスペイン国内、国外ともに高いものとなっています。

 

今秋からCepa Gavilán及びViña Pedrosaシリーズの輸入を始めたスコルニは販売に向けて躍起になっております。今秋はなんとワイナリーの35周年記念パーティーにご招待頂き、海を越えてスペインまで行って参りました。

 

 バジャドリッド市内から東に車で1時間弱。ペニャフィエル村までやってきた私たちは、35周年記念パーティーの前夜にカクテルパーティーに出席させて頂きました。会場は、ペニャフィエル村の修道院の真裏に隣接しているホテル「El Convento las Claras」のイベントルームで行なわれました。会場には、スペイン国内の流通業者は勿論、南米、ヨーロッパ、アジア、アメリカなど世界中の輸入業者の方々が集まっており、皆さん親しそうにペレス・パスクワス社の人々と談笑しています。スコルニはペレス・パスクワス社にとって付き合いたてほやほやのインポーターですが、他の多くの輸入業者は、ペレス・パスクワス社と長年の関係を築いています。メキシコの輸入業者などは、今から30年前から付き合いがあるそうで驚くばかりです。ペレス・パスクアス社の醸造技術長であり、オーナーのご子息でもあるホセ=マヌエル=ペレスさんが、遠方からやってきた客人への労いと感謝の言葉を簡単に述べたところで、カクテルパーティーが始まりました。パーティーでは、お皿に盛り付けられた色とりどりのタパスと、一通り用意されたワインをご馳走になりました。醸造家のホセさんはとても陽気な方で、素晴らしいワイン職人であるけれどそれを鼻にかけることのない、とても気さくな方です。ホセさんに限らず、スペイン人は軽快で親切な方が本当に多い。親切なスペイン人と出会う度に、より一層スペインワインが好きになります。

 

  次の朝、いよいよ35周年記念パーティーに出席です。青い空に真っ白な雲が泳ぎ、さわやかな秋風が心地よい日で、正に35周年パーティーにぴったりな日となりました。ホテルまで迎えに来たバスで、ワイナリーがあるペドロサ・デ・ドゥエロ村へと向かいます。ホテルを出発して15分、突然急な坂が現れたかと思うと、バスはぐんぐんと上へ登っていきます。最終的に平地に辿り着くと、そこには広大な葡萄畑が広がっており、少し行くと葡萄畑に囲まれたワイナリーもその姿を現しました。

 

バスを降りてワイナリーの門を抜けると、建物の外で多くの招待客や記者陣が賑やかにしています。スーツで渋くきめた人や、大きなサングラスをしたセレブ感溢れる女性、派手なハワイアンシャツを着た男性など、世界中から来た色とりどりの人達で会場は活気づいています。ワイナリーの人たちはそんな多くの客人相手に忙しそうに挨拶をしていました。イナリーの名前が印刷された大きな旗の前で経営者の方達が招待客と写真撮影をしています。カメラマンがパシャパシャと効率よくシャッターを押していく中、早速私達の順番になり、私達もオーナーの3人と一緒に記念撮影を取りました。

 

実は弊社の社長は20年程前に一度、このワイナリーを訪問したことがあります。スペインにワイナリー巡りに来ていた社長は、新聞でとある記事を偶然目にしました。それは、前ローマ教皇であるヨハネ・パウロ二世がミサの為にペレス・パスクワス社のワインViña Pedrosaを使用しているという内容の記事で、気になった社長はさっそくワイナリーに訪問を申し込んだそうです。急に訪問することになった社長一団に、寛大に対応してくれたことが記憶に残っているとのこと。その時に、Viña Pedrosaのマグナムボトルを3本購入したそうですが…全部飲んでしまった模様。20年ぶりに見たワイナリーの建物は当時よりも遥かに立派になっているとのことでした。この20年間のワイナリーの繁栄を感じます。

 

写真撮影が終わると、醸造設備や、樽の貯蔵庫を醸造家のホセさんが案内してくれました。ワイナリーでは、フレンチオークとアメリカンオークを半分ずつ使用しています。最大で3年間までの使用となります。目的によって樽を使い分け、フレンチとアメリカンが持つ異なるアロマやタンニンの特徴を掛け合わせて、理想とするワインを醸造します。生産しているワインの中で販売数が最も多いのはクリアンサで、全生産本数の半分をCepa Gavilán及び、Viña Pedrosa Crianzaが占めているとのこと。その為クリアンサはワイナリーの代表的なワインとして、特に気を使って醸造しているそうです。

 

醸造所の案内が終わると、赤い絨毯に導かれながら、大きな会場まで移動。会場には丸い大きなテーブルが何台も並べられています。私達のテーブルは壇上から見て一番前に配置されており、ワイナリー唯一の輸出マネージャーで、今年の10月に来日したフアンさんや、ロシア、スイス、ベルギーの輸入業者の方々と同じテーブルに同席しました。皆さんベテラン揃いです。スイスの輸入業者の方は、彼女の母親の代からペレス・パスクワス社と取引があり、彼らと共に働けることは光栄なことだと仰っていました。ベルギーの輸入業者の方も15年以上、その隣に座っていたロシアの方も20年以上ペレス・パスクアス社のワインを輸入しているそうです。凄いです。外国の輸入業者の方々とお話する機会など滅多に無いので、誠に貴重な経験をさせて頂きました。

 

会場の壇上でスピーチが始まりました。醸造家のホセさんは、ペレス・パスクワス社の歴史や、ワイナリーを取り囲む135ヘクタールの葡萄畑を何よりも大事にしていることなど、様々な想いを語ります。ホセさんの祖父であるマウロさんは、代々葡萄の栽培を行なってきた農家の方でした。1940年代から50年代にかけて、不況であったリベラではお金にならなかった葡萄の木が次々に抜かれ、その代わりに穀物や野菜が栽培されていたのだそうです。そういう状況の中で、マウロさんは自身の葡萄の木を生かしておこうと考え、その後も長い間自身の畑の世話をし続けました。ペレス・パスクワス社の葡萄畑に高樹齢の葡萄の木が多く残っているのはそのためです。この地域はリベラの中でも特に標高が高く、最高で850mにもなります。これ以上標高が上がると葡萄は生命活動が出来なくなるため、葡萄栽培を行なえるギリギリのラインだそうです。標高の高さから気温が低く、葡萄の成熟のスピードが遅い為、他の区域の葡萄よりも酸を多く含んでいます。酸は長期熟成型のワインを醸造する上で最も重要な要素となります。畑の90%はテンプラニージョ種で、残りの10%はカベルネソービニョン種を栽培しています。テンプラニージョはご存知の通り果実の成熟が早い品種なので、この区域には正に適切な品種だそうです(ちなみにカベルネは寒い夏には十分に熟さないとのこと)。

 

 また、ワインの醸造に関して、ホセさんは一定の品質を毎年保持することを重要と考えています。しっかりとしたストラクチャーを持ちながらも、上品さをかね揃えた高品質ワインをワイナリーのテイストとしています。その高い品質を安定してお客さんに提供していきたいと語っていました。

 

スピーチの後、メインディッシュを準備している間、瓶の貯蔵庫へ移動しました。何万本ものワインボトルに囲まれて、手の込んだ美味なタパス(生ハムが美味しすぎた…)を頂きました。常にグラスがワインでなみなみの状態でしたので、この頃にはかなり良い気分になっています…。立食パーティー中に、チリワインの著名な生産社であるウンドゥラガの経営者ご夫妻と、その甥っ子さんにご挨拶させて頂く機会がありました。ワインには関係ないのですが、皆様全員かっこよすぎて、憧れました。やはりラテンですね…。

 

そうこうしている内に立食パーティーが終わると、次はメインディッシュです。席に着くなり次々と料理が運ばれてきます。完全に先ほどタパスをつまみ過ぎたこと後悔する結果となりました。ロブスター1尾まるごと、巨大なローストビーフ、贅沢なケーキなど、美味しい料理ばかりです。同席した方々と話たり、オーナーの方と冗談を言ったり、とても楽しい時間となりました。食事の後には、壇上で手品やメンタリズム・ショーが披露され、会場の外では踊り子たちが延々と踊りを披露しています。イベントてんこ盛りです。

 

楽しい時間は、あっと言う間に過ぎ、そうこうしている内に夕暮れ時になりました。パーティーはその後も続く予定だったのですが、翌日朝早くにホテルを出発しなければならなかった私たちは、泣く泣くホテルへの帰宅となったのでした。実は、迎えのバスが中々出発しなかった為、パーティーの端っこでカナリア諸島のワイン生産者の方とジン・トニックを飲んでいた私のせいで、バスに乗り遅れ、タクシーで帰る羽目になったのです…。ご迷惑をお掛けしました。後日聞いた話では、パーティーは朝方の4時まで続いたそうです。最後まで残りたかった!

 

兎にも角にも、ペレス・パスクワス社には本当に盛大な御もてなしをして頂き、一生の思い出となりました。時間はかかりそうですが、今度は我々スコルニがペレス・パスクワス社に恩返しをする番です。リベラ・デル・ドゥエロ高級ワインの生産者としてパイオニア的存在であるペレス・パウクワス社のワインは、飲んでみればその良さが一瞬で分かる、まさしく間違いのないワインです。皆様も是非、機会があれば一度ペレス・パスクワス社のワインをお試し下さい!!今年スコルニ一押しの商品です。